浜岡原発の停止を受けて
浜岡の原子力発電所が停止する事に決定しました。
国の依頼を受けて、中部電力としては苦渋の選択をされたものだと思います。
私は、その後の経済産業省の発表に注目しています。それは、浜岡にとって決定打になると思うからです。
菅総理の突然の発表と、その後の経済産業省の発表を読むと、総理は「なんといっても国民の安全と安心のため」としているし、経産省は「浜岡原発は地震には安全だけれども、津波対策のために全部停止を要請」となっています。つまり、地震安全はOKだけど、津波安全と国民の安心がダメだと言う事になります。
私はこれは、いったん止めたら二度と起動できないのではないかと思いました。それは、浜岡原発という一つの対象に「安全」と「安心」という、全く別次元の対策を求めたからです。
「安全」なら、想定があって基準があり、それを満たせば安全ということになります。例えば、自動車の安全ボディは、どんな事故を起こしても安全かというと、そうではありません。100キロ同士で正面衝突すれば、運転手は死んでしまいます。しかし、安全基準は満たしていると言うことになります。この前提に立たないと、自動車は全部装甲車か戦車になってしまいます。
しかし安心というのは難しい概念です。どこまでやれば安心か、というのは、すごく違いがあります。基準があいまいなんです。「暮らしの安心」とか「老後の安心」のように漠然としていれば、全部漠然とするのでいいのですが、それを浜岡原発の津波対策という極めて具体的で狭い部分に限定した場合、「安心」を理由にして止めてしまったら、もう再起動できないのではないかと思います。それは、どんな津波対策をやっても安心かどうかわかりませんし、国民の70%とか80%の安心は担保されないからです。
実際に、ある経営者と話したら、「防波堤なんて意味ないと思うよ。まず地震が来てそれが壊されて、30分後に津波でしょ。ないよりマシ、って感じじゃないか?」とのことでした。つまり、防波堤程度では安心できないと言う事です。
実際に、私も東北に入り、無残に破壊された防波堤をたくさん見てきました。一方で、仙台では、高速道路が土塁になって、水をせき止めたことも確認しました。それでも、静岡県の海岸を全部土塁で囲っても、安心できないと言う人がいるかもしれません。
こうしたことから、今回の政府の要請による原発停止は、2年やそこらでは済まないと思います。それは明言しておきたいと思います。また、中部電力に対して、火力発電に転換するための燃料代差額などの補償も、年間2000億円以上といわれています。それなら5年で1兆円、10年で2兆円の補償を積むことになってしまいます。
一方で、総理は原発のことしか言っていませんが、それだけでは不十分です。
おそらく総理が想定するような津波、浜岡原発が大災害を受けるような津波が来たら・・・原発の隣に住んでいる人は、放射能で死ぬのではなく、津波で即死します。総理の言うような津波が来たら、浜岡から浜松の沿岸までで、おそらく数万人から10数万人の人が、津波に飲まれて即死する事でしょう。この対策はどうなるんでしょうか?
総理は放射能の危険ばかりに気を取られていますが、それ以上に恐ろしいのは津波の直接的な被害です。総理の想定する津波で仮に浜岡原発が壊滅して、漏れた放射能で死ぬ人と、その時の津波に飲まれて死ぬ人では、おそらく後者がはるかに多い事でしょう。
肝心かなめの津波対策を何も言わずに、「大津波が来たら原発が大変だから止める。それだけ。」というのでは、総理としての総合的な危機対応が全くできていないことになります。そんな大津波が来たら、沿岸部の住宅街や立地企業の方が、原発よりももっと大変な状況になっています。その対応は何も言わないのでは、全く本末転倒です。
そういうことを考えると、やはりパフォーマンスだったのかな、と思わざるを得ません。
何度も震災現場に視察に入って、一体何を見てきたのでしょうか?
こうした事から、菅総理の国家経営の手腕には大きな疑問を持っています。
このままでは・・・日本が大変なことになってしまう気がします。