滋賀1区(自民党) 大岡敏孝(おおおか としたか)
2015年05月27日 (水)

中国を訪問

先週の土日を利用して、二階代議士を団長とした3000人を超える訪中団に参加しました。

国会の日程の関係で、土日しか時間が取れなかったため、弾丸ツアーとなってしまいました。土曜日の朝の7時に羽田をたち、日曜日の夜8時に羽田に戻ってくるという日程です。

北京にはお昼に到着して、いきなり大使館に直行しました。大使館では「ようこそ日本」のキャンペーンをやっていて、日本のバイク、日本の化粧品、日本のカップラーメン、日本のお酒、日本のヤクルト・・・中国の国民から見てクールと思われる日本の様々な商品を展示していました。バイクのコーナーでは、日本メーカー4社が出展していて、私のスズキ時代の先輩が北京の社長としてお見えになっていました。また、ホンダ、ヤマハ、カワサキの皆様からもお話を伺いました。化粧品のコーナーでは、資生堂やカネボウといったブランドは中国でもかなり浸透しているらしく、中国の女性たちの人だかりができていました。

例えば日本のバイクは、第二の外交官とも言われていて、全世界で活用され、日本の高品質のモノづくりを先進国から途上国まで確実に伝えてくれています。化粧品も、日本にあこがれ、日本のファッションをまねようとする女性たちを世界中に増やしています。日本の外交官だけではなく、日本の民間人が、日本らしい礼儀正しさ、日本の高品質の製品とともに世界に出てゆくことで、日本の良いイメージが広がり、日本の国益にかなうものだと思います。とりわけ中国のように、過去の歴史において難しさのある国、また政治体制が違い、その政府や報道が必ずしも今の日本の姿勢を正確に伝えていないとすれば、こうした民間レベルの外交活動によって、中国の国民が日本に対して感じる思い、良い印象というものを確実に浸透させてゆかなければなりませんね。

それからは、要人との面会、10月に行われる予定のNHK交響楽団の北京公演の契約式などを済ませ、夜の日中交流の晩さん会に参加しました。

晩さん会では、「ひょっとしたら?」と思っていたのですが、期待通り習近平国家主席が出席され、演説をされました。さすがに歴史認識についてはチクチクと言っておられましたが、全体としては友好的な感じで、日本との対話を進めようとする姿勢が見て取れました。それにしても・・・大きいですし、大きく見えます。15億人の国民、広い国土、長い歴史を背負っているという自信と責任感に満ちているからでしょう。実際の大きさよりも、ずっと存在感がありました。さすがに私は言葉を交わすことはありませんでしたが、いつか実力をつけて、こうした立場の方とも忌憚なく、腹を割って、言うべきことを言い、しっかりと話し合えるようになりたいと思いました。

その日は疲れ果ててコロンと寝て、翌日は朝7時から故宮を見学しました。早朝の故宮は人が少なくて、ガイドさんもいたので、ゆっくり落ち着いて見て回ることができました。

日曜日のお昼も要人との会談があり、私も中国の自動車政策、二輪車政策について意見を申し上げ、先方からは検討を指示するとの返事をいただきました。それが終わったら空港に直行し、そのまま羽田に帰ってきました。日本についたら、ほっとしたのと、北京に比べて空気がおいしいのと、ご飯がおいしいのと・・・疲れも出て、スカッと寝てしまいました。

一泊二日の強行軍でしたが、いろいろ考える機会になりました。現在も、日中関係は必ずしも良好とは言えません。経済のやりとり、政治のやり取りの間に、どうしても過去の歴史の問題が顔を出してきます。経済の問題は経済人が、政治の問題、政策の問題、民間や経済活動のプラットフォームの問題などは政治家が、過去の歴史の問題は歴史家がそれぞれ担うべきだと思いますが、現状ではそうなっていないのが日中関係です。しかし習近平氏も言っていた通り、隣人は変えられるが、隣国は変えられません。それに、大きな国です。また、長い歴史を持ち、私たち日本も多くを学ばせていただいた国です。それが80年ほど前に日中の間には悲しい歴史があり、もちろん私たちの世代には記憶も何もありませんが、それがいまだに両国の間に横たわっています。戦争はそれぞれの国の指導者の、何らかの判断の誤りや驕り、すれ違いなどがあって発生するものなのでしょうが、一般の人たちは、妻を思い、両親を思い、子供を思い、まっすぐな思いで死んでいった方々も多くいらっしゃいます。そうした点から、あの戦争を「悪い戦争をした」というわけにはいきません。守ってもらった私たちが、悪い戦争をやらかしてくれた、なんて言ったら、私たちを思って亡くなった方は浮かばれません。当時の指導者には、歴史家の評価があり、賛否もあると思いますが、亡くなった多くの国民、先人たちには手を合わせるというのが日本人として、後進としての姿勢だと思っています。もちろん、先方の立場も理解しなければなりません。祖父や祖母を日本人に殺されたという中国の方は多いでしょう。その人たちの思いは、私たち以上に強いものがあるということは、必ず理解しようとしなければなりません。

残念ながら、今の私たちに、過去は変えられません。変えられるものなら変えたいけど、出来ないのです。だとすれば、今できることは、お互いを理解しようとする姿勢であり、これからのことを語る熱意であり、さらに若い青年たちの世代に託す希望なんだと思います。毎回毎回、何十年も何百年も謝りつづけることでは、ないのではないかと思います。先方も本音ではそんなことはわかっていると思います。ただ、まだ友好的とは言えない状況の中で、そう言ってしまう、そうなってしまう、ということも、私たちは理解しなければならないのではないでしょうか。

これは、人間同士の関係と同じで、友好的になれば、そんなことは言わなくなるのではないでしょうか。まだ友好的と言えないから、相手のちょっとした行動も悪く取ってしまったり、言っても何もならないこと言ってしまったり・・・こうしたことは、私もしばしば「はっ」として反省することがあります。それと同じなのかもしれません。

ある程度時間が必要なこともあるでしょうが、日中関係の改善、歴史問題うんぬんで政治も経済も影響を受ける状態の改善は、私たちの世代に課せられた使命であり、責任だと思っています。政治家が未来のことを語り、経済人がウインウインの関係を作り、歴史の真実については歴史家の議論に任せるという、そんな関係を築けるよう、私は日本人らしい姿勢、徳と分別をもって、実直さと誠実さをもって、矜持と謙譲をもって、中国と向き合ってゆきたいと思います。日本人がそうした日本人らしい姿勢で接することで、中国の国民に対しても、何かを伝え、何かの変化を促し、それがともすれば行儀が悪いと思われている中国の国の姿勢を変えることにつながるかもしれません。

日本人として、日本人らしく、諸外国に向き合う外交ができるよう、さらに人間力を磨きたいと思いました。

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2015年05月25日 (月)

派遣法を審議

今期から私が配属されることになった厚生労働委員会で、派遣法の審議が始まりました。

その初日に、トップバッターで質問に立つことになりました。派遣法はこれまで2度、廃案になっています。今回が三度目の正直になるのか、二度あることは三度あるのか、色々な意味で注目されています。

この派遣法、私はこれまでは直接審議に加わっていなかったので、一から勉強しなおして、今回の審議に臨みました。今回の派遣法改正の特長は、大きく4つです。

一つは、すべての職種について、派遣期間の制限を設け、それを3年とすること。

二つめは、派遣会社の事業許可について、すべての派遣会社を許可制にすること。

三つめは、派遣労働者について、無償・有給の教育(スキルアップ、労働の付加価値アップ)を義務付けること。

四つめは、派遣期間が終了したら、そのまま継続雇用を依頼するなど、雇用を安定させる取り組みを義務づけること。

です。

残念ながら民主党をはじめとする野党の議員さんは反発しておられますが、特に低スキル・低賃金・不安定が問題とされている派遣労働者の皆様にとっては、その課題を一つずつ克服できるような法の中身になっています。

一方で、この改正によりメリットを受けにくい方もおられます。

振り返ると、派遣法が制定され、世の中に「派遣という働き方」が出始めた当時、とりわけ女性、特に結婚をしてもう一度社会に出ようとする年代の方にとっては、当時はパートしかないような時代でした。そこに、学生時代にしっかり勉強して、あるいは社会人になってから特殊な経験を積んで、その腕を買われて派遣という仕事につければ、自由度は高く、高収入でしたので、ある意味で憧れの働き方でした。

今でもそうやって、通訳ができる秘書や、問題発生の対処ができるプログラマーなど、多くの方々が高スキル・高収入の仕事をしています。こういう方々にとっては、派遣期間を制限されることなどはマイナスになる可能性もあります。メリットとしては、教育訓練ですが、これも高スキルの場合は会社側で用意することは難しく、労働者の自主性を重視した取り組みが必要となります。

あらゆる立場の人にとってパーフェクトな法律は難しいのが現実です。しかし新しい派遣法(案)は、昨今問題となってきた、なかなか労働単価が上がらない方々、景気の波に左右され雇用が不安定になりがちな方々にとっては、現状の派遣法よりはだいぶ前進するものとなります。そういう意味で、確かに全員に完璧ではないかもしれないけど、特に問題とされた点について一歩前進させることが重要です。また課題が見つかれば、あるいは派遣労働者、派遣会社の両方に力がついてくれば、それに合わせて継続的に議論し、継続的に改善してゆく取り組みこそ、国会に求められている活動だと思っています。

また、野党の先生方からは、「この法律では実効性がない、実現の担保がない」という意見も多く聞かれます。「もっと細かく書かなければ、具体的にどうするのかわからない」という意見もあります。確かにそのように見えるかもしれませんが、そもそも法律のみで100%の実効性を担保することはできません。また、法律に、すべてのケースに対する処理の仕方を書き込むことはできません。

法律に「人を殺してはなりません」と書いても殺人はなくならないし、「スピードを出したら罰金です」と書いたら抑止されるかというと、確かに効果は出ても100%ではありません。そんなことは、多くの国民が知っています。国会で決めた法律に基づいて、私たちの政権、そして各県、各市町村で行政活動を進め、問題が見つかれば、個別の企業、個別の労働者に合わせて行政指導をし、あるいは罰則を適用し、法の目指すものに近づける努力を続けなければなりません。

そういう意味で、民主主義の政治体制をとる日本では、あらゆる課題、あらゆる政治・行政の行為について、二つの視点から議論し、国民に決めてもらう必要があります。それは、「どういう法律を定めるのか」、「法律のどこが問題なのか」という法律の中身の視点から。もう一つは、その法律を基本として、「どの政権に任せるのか」、「どの党に判断させるのか」、という政権選択・行政委任という視点。これらを一回の選挙で判断するのが、議院内閣制をとる日本の国政の特徴です。(例えばアメリカの場合は、立法の視点からの選択(議会の選挙)と、行政執行の視点からの選択(大統領の選挙)を別々に行います。)

これからも、私たちの日常活動において、法律の内容について国民の皆様からご意見をいただき、それに耳を傾けるとともに、政権として、行政執行を任される立場として、「自民党・公明党連立政権、あるいは大岡君に、行政判断を任せておけば大丈夫だ」、と言ってもらえるような信頼づくりを進めてゆきたいと思います。

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2015年03月06日 (金)

琵琶湖から淀川へ

二期目をむかえて、今まで以上の仕事ができるよう、事務所の強化を進めています。あわせて、大津事務所の引っ越しなどをしていて・・・いそがしさにかまけて、更新を怠っておりました。すみませんでした。新しい事務所は、郵便番号520-0026 大津市桜野町1-1-6 西大津IS2-203号室 です。 電話とファックスは以前と変わらず、電話が077-572-7770、ファックスが077-572-7772です。

さて、いまは来年度予算の衆議院審議の真っ最中です。予算は、衆議院の優越が認められており、参議院で否決されても衆議院の議決の通り決定するのですが、何とか3月のうちに参議院まで通過させるべく、党を挙げて頑張っているところです。(実際には、4月にずれ込む可能性があります。)

この、審議中の来年度予算案の中にも入っているのですが、現在瀬田川の下流にある天ケ瀬ダムの再開発事業を進めています。総事業費は当初430億円を見込んでいましたが、昨今の建設費の高騰や、難工事となる部分が見つかったことなどで、500億円程度になる可能性があります。

琵琶湖の水は瀬田川に流れ、それが宇治川となり、木津川と桂川と合流して(いわゆる三川合流)、淀川となり大阪湾に流れます。琵琶湖という大きな湖は、巨大なダムと同じであり、滋賀県に大雨が降ってもいったん琵琶湖に貯めるので、京都や大阪を大洪水から守ってきました。この琵琶湖の水位の調整と、宇治川の流量の調整を、私の家の近くにある「洗堰」とこの「天ケ瀬ダム」が行っています。今回の再開発で、水の調整の幅を広げ、最近の台風やゲリラ豪雨などの水害に備えようとするものです。

先日、川の上流の議員である私と、下流の議員である京都の宮崎謙介議員、安藤裕議員とともに、天ケ瀬ダムの工事現場を視察し、意見交換や議論をしました。これまでこうしたことはなかったようですが、いざ大雨となった時に、上流は下流のことを考え、下流は上流のことを考えてベストな対応をするためにも、定期的な会議や視察は重要だと思っています。

今回の事業では、それぞれの地元の負担金が発生します。治水力の強化によって恩恵を受けるのは京都府と大阪府、水道水の確保で恩恵を受けるのは京都府、付設してある水力発電の発電量の増加で恩恵を受けるのは関西電力に、それぞれ負担してもらいます。ということは・・・滋賀県は、実は負担金はありません。直接のメリットは受けないということになっていますが、実際には今回の再開発によって、大雨後の水を速やかに流し、より早く次の大雨に備えることができれば・・・それは琵琶湖の水位を安定させることにもつながり、琵琶湖周辺の家や田んぼを守り、河川の排水もスムーズにすることができます。つまり間接的には恩恵を受けるので、この工事には協力し、また今後の運用については、下流のことをしっかりと考えて、対応しなければなりません。日本は古来から、自分だけ良ければいいのではなく、相手のことを第一に考えるという姿勢を美徳としてきました。日本人らしい美徳の心で、お互いに思いやって上流と下流の調整をしてゆきたいと思っています。

いまは、日本で最大級となる「水を流すためのトンネル」を掘っています。このあたりは、ダムに向いた場所らしく、強固な岩盤のようで、発破をしながら掘り進んでいるようです。写真をのせましたが、本当に巨大なトンネルですが、運用時にはここが水でいっぱいになります。今回のバイパストンネルを掘ることで、流せる水の量が毎秒800トンから毎秒1100トンに増えます。つまり、このトンネルの中を一秒間に300トンもの水が流れるということになります。

しかしそれだけ流しても・・・台風の時にたまった琵琶湖を元に戻すのにどのくらいかかるかというと・・・琵琶湖の水の量は、水位1センチ当たり670万トンです。つまり、10センチで6700万トン。最近の台風では1メートル程度上昇することもあり、そうすると6億7000万トンの水を流さなければなりません。それを再整備後の毎秒1100トンで割ると、約170時間。つまり、1週間流しっぱなしでやっと元の水位に戻るのです。そう考えると・・・1週間以内に同じ台風が来ればアウト!ということになりますから、安全上は、いまの排水量(800トン)では危機に備えきれず、再整備をしてやっと安全を保てるレベル、ということに気づいていただけると思います。同時に、琵琶湖の大きさをわかっていただけるのではないでしょうか。

自然に抵抗するのは難しいことです。しかし、滋賀、京都、大阪の共通の財産としての琵琶湖は、多くの恩恵をもたらしています。この琵琶湖の治水の力を強化し、流域の皆様の安全と安心を高めるための事業が、天ケ瀬ダムの再開発です。ぜひ皆様からもお植えしていただきたいと思います。天ケ瀬ダム自体も、非常にきれいなダムですので、是非一度訪れていただければと思います。

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2014年12月13日 (土)

選挙を終えて

さきほど、今回の衆議院選挙に関するすべての活動を終了しました。

何より、この12日間、街宣車で市内を回ったり、駅でチラシを配ったりしましたが、皆さまのご理解とご協力をいただいたことに、心から感謝申し上げます。不快な思いをした方もいらっしゃるかと思います。たとえば、寝ている子どもをベビーカーに乗せて散歩しているときに、街宣車の大きな音で起こしてしまったり・・・これらのことには、深くお詫び申し上げます。

前回の参議院選挙から一部解禁されたインターネットによる選挙運動ですが、衆議院選挙では今回が初めてとなります。私は、ホームページに選挙公報や法定ビラ、街頭演説の映像などを載せたり、フェイスブックを更新したりしました。ブログも更新するつもりだったのですが、連日の選挙運動で疲れ果てててしまい、毎日家に帰ったらバタンキューで更新できませんでした。今日、すべての運動を終えたので、更新した次第です。

今回の選挙にあたり、私は二つの目標を立てました。一つ目はもちろん、政策についての信任をいただくことです。これまでの実績をお伝えし、今後進めてゆく政策を語り、これまでのことも今後のことも合わせて、皆さまからの信任を得たいと思いました。二つ目は、政治への信頼を取り戻すことです。これまでの選挙では、政治家は、不人気な政策はごまかしたり、国民の歓心を買おうとバラマキを始めたり、国民のひがみ根性をあおって公務員をたたいたり、給料の安売り合戦を始めたり・・・挙句の果てに、約束を守れなくなり、それを人のせいにしたり・・・。国民から政治への信頼を取り戻すためには、選挙の時から誠実に取り組むことだと思います。言うべきことを隠さず伝え、政策への賛否はごまかすことなく、国民に負担をお願いすることも勇気をもって語る。そういう姿勢が信頼回復の第一歩だと思いました。今回の選挙では、そのような姿勢を貫き、原発の再稼働や農協改革、地元基地を活用しての沖縄の負担軽減など、法定ビラや選挙広報にしっかり書き込みました。

選挙を進めるにつれて、支持してくださる方が増えるのを感じました。これは、普段からの私の支援者が積極的に声をかけてくださっていることの成果であり、私がビラや選挙公報で伝えた政策について、支持していただける方が増えたからだと思いました。

それと、嬉しかったのは、子どもたちの支持者が増えたことです。活動の最中に子どもたちが寄ってきたり、ビラを受け取りながら「応援しています!」と言ってくれる学生が増えたり・・・次の世代の子どもたちにツケを残さない、次世代に負担を回さない、ということは私の重要な基本姿勢ですが、その次世代の子どもたちから支持を頂いたことは、ほんとうにうれしく思いました。

短期間でしたが、密度の濃い選挙が終わりました。明日の有権者の判断を待つのみです。皆さまからの期待を私に託していただけることを願っています。よろしくお願い申し上げます。

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2014年12月01日 (月)

言いにくいことも正直に

いよいよ明日から衆議院選挙が始まります。

今日、事務所では、選挙期間中の段取りについて、最後の調整を行いました。ポスターなどの資材もそろい、いよいよ選挙という雰囲気になってきました。これまで私も、自分自身の選挙を5回、他人の選挙の手伝いはそれ以上にやってきましたが、このピリッとした雰囲気は好きですね。気持ちが引き締まります。

さて、明日からは、選挙区内の様々な場所で政策や思いを語り続けることになるのですが、今回の選挙を迎えるにあたって、私は一つのことを心に決めています。

それは、「政治への信頼を取り戻すこと」と、それを目指せるような戦い方をすることです。

これまでの選挙というと、とにかく票がほしいということで、やたらとバラマキを始めたり、本当のことを隠して言わなかったり、やってきたことや、党として進めていることをごまかしたり・・・とても信頼を得られるようなものではありませんでした。確かに選挙は勝たなければ意味がありません。議員にならないと、何にも出来ないのも事実です。でも、ただ議員になりたいだけの議員をつくって、何か意味があるのでしょうか?ただ当選したいだけの候補者を応援して、何か意味があるのでしょうか?

私はこうしたさもしい政治家を、有権者はとっくに見破っていると思っています。だから今回は、有権者を信じて、ともすれば票が減ると思われることも、言うと批判を浴びるようなことも、勇気を持って本当のことを語る、誠実に現状や自分の考えを正直に語る、そういう選挙にしたいと思います。

まず、原子力発電所の再稼働です。安全性が確認された原子力発電所は、再稼働を進めるべきです。これから、近いうちに、高浜3,4号機、大飯3,4号機の再稼働の安全審査が上がってくることが想定されます。安全を審査してくださいということは、それが確認されれば再稼働をするわけですから、事実上再稼働の申請となります。私は、手続きの中の地元説明なども含めて、安全が確認されたら再稼働を認めるべきだと考えています。

理由は3つです。一つ目は、日本の原子力発電所が止まっていることで、いま日本は過度の石油依存となってしまっており、年間3.5兆円~4兆円の円が余分に中東に流れています。経済再生を進める中で、本来流出しなくてもよい日本の資金が流れ出していることは、大きなマイナスです。これをしっかりと止めてゆかなければなりません。過度の石油依存による資金の流出を防いでゆく、これが一つ目の理由です。

二つ目は、電気代を下げてゆく必要があることです。各家庭から中小企業、大企業に至るまで、年々高騰する電気代は大きな負担となっています。これは、経済には消費税増税と同じくらいのダメージとなっています。しかも、消費税の増税は年金や子育てなどの社会保障になって返ってきますが、電気代は返ってきません。いま、各電力会社では社員の皆さんが身を切る改革、身を切る努力で経費を抑えています。身を切る改革が十分にできているとはいえない国会議員としては、本当に頭が下がりますし、恥ずかしい思いがします。それでも・・・原価の中で人件費の占める割合など10%以下で、燃料代の5分の1程度ですから、大した効果も出ませんし、それも限界です。安全な原子力発電所は再稼働させることで、高い高い石油の輸入を抑え、電気代を安くしないと、日本経済の再生への道は遠のいてしまいます。

三つ目は、安全保障上、安定供給上、あるいは技術開発上、電源はバランスが大事だということです。原子力に過度の依存をするのも、石油やガスに過度の依存をするのも、どっちも良くないのです。バランスの良い電源構成をすることは、その燃料においても1か所に依存することはなく、いずれかの電源に何かあったとしても、安全保障上、安定供給上は非常に有利です。また、技術開発においてもあらゆる可能性、あらゆる技術のブレークスルーを受け止められることは、非常に重要です。

また、私の選挙区内の基地を活用することで、沖縄の基地負担を軽減することも必要です。去年、私たちの地元の饗庭野駐屯地で、オスプレイを使った日米合同訓練を行いました。このとき、当時の県知事はじめ多くの人たちから、懸念や批判、反対の声を頂きました。もちろん、その心配の気持ちもわかります。また、「なぜ滋賀県でやるのか」、「そういうことは他でやれ」、という思いもわかります。でも、今、日本を守る上でアメリカと連携することは必要不可欠ですし、その負担の多くが沖縄に集中している中、「自分たちに何ができるか」、「滋賀県としてどんな貢献ができるか」を考えていただきたいと訴えました。

結果として、高島市長はじめ地元議員、高島市民の皆さまの多くが賛同していただき、訓練を行うことができましたが、その間も反対者からずっと批判をされ続けました。それでも私としては、今後も、地元の基地を活用して、沖縄の基地負担の軽減に貢献をし続けるべきだと考えています。これも、わざわざ言うと批判を受けるのもわかっています。それでも、今後の国政を進める上で、有権者にしっかりとお知らせし、ご判断いただくべきことだと思っています。

さらに、農協改革もしっかりとお話してまいります。農協は、歴史的にずっと自民党を応援してきてくださった組織です。これまでの農政において、大変大きな役割を果たしてこられました。しかし一方で、今の農家の現状は、特にコメ農家について、米価が下がり、利益が出ず、後継者がいなくなっているのが現状です。いまや、農業関係者から政治家まで炭水化物ダイエットをやっているような時代で、コメの需要は激減しています。来年度も14万トンほど削減してゆかなければなりません。そんな中ですから、農協自身も、変化しなければ生き残れなくなっているのが実態です。

そんな中でも、「農協改革」というと、関係者から批判を受けます。うすうすは、変化しないといけないとわかっていながら、変われない。そういうものなんだと思います。だから政治家が、勇気と信念を持って、「農協改革!」と言い続けて、具体的な改革の指針を示さなければならないんだと思います。農業が大切だから、日本の農業を強くしたいから、農協改革を進める。これも、自民党としては支持団体にメスを入れることなので、勇気の必要なことですが、信念を持って、誠実に、多くの国民に訴えてゆきたいと思っています。

長々と書いてしまいましたが、今回の選挙は、「批判を謙虚に受け止める」ことと、「正直に語る」ことで、「政治への信頼を取り戻す、第一歩」としたいと思います。いまなお、自民党に対する不信感は高いものがあると思っています。本当に自民党が変わったのか、本当に新しい自民党になったのか、疑念を抱かれているのも事実だと思います。そうした思いを払しょくするのは、簡単ではありません。しかし、第一歩を踏み出さない限り、信頼の回復はありません。

時間はかかっても、それまでの苦労や困難があっても、「政治への信頼」がない限り、日本の政治のレベルが上がることはありません。日本の政治のレベルが上がらなければ、日本が世界の中で一番輝く国になることも、世界中から憧れられる国になることも、ありません。

私の夢は、日本を「深い歴史と高い文化、豊かな経済力を持ち、世界から憧れられる海洋国家」として、国民が誇りを持てる国をつくることです。この夢を達成するための第一歩が、「政治への信頼を取り戻すこと」です。

今回の選挙は、「日本を取り戻す・第二章」。それは、私にとっては「政治への信頼を取り戻す」ことです。明日からの12日間、全力で走りぬけたいと思います。

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2014年11月23日 (日)

選挙の準備

昨日、今日と、選挙の準備に追われながら、あらかじめ入っていた予定をこなしました。

まず、昨日のうちに選挙事務所への引っ越しを始めました。今日には電話も通り、机や椅子もそろい、ほぼ事務所らしくなりましたが、肝心のインターネットがまだです。インターネットが開通すれば、日常の事務所の機能をほぼ移すことができます。昔の選挙と今の選挙では、事務所に求められる機能も変わってきましたね。かつては、炊き出しをするための大きな炊事場が必須だったのですが、今はそういうことはやりません。かわりに、インターネットがないと、全く事務所としては機能しないものとなりました。

選挙資材の手配も進めています。ポスターとか、選挙公報とか、法定チラシとか、選挙はがきとか、街宣車とか。私の場合は、これまで地方議員をやっていて、自分の選挙も他人の応援も、それなりに選挙をやりなれているので段取り良く進めていますが、前回初当選組はみんな苦労してるんだろうと思います。

公職選挙法という法律があるので、これに違反しないように細心の注意をしなければなりません。まず、以前と違って、やたらと人を雇ったりできません。これは、基本的に、選挙にお金をかけないようにする仕組みで、要はお金持ちとそうでない人の条件をそろえようという主旨です。お金持ちが、めちゃくちゃ人を雇って動員してきたら、お金のない人は太刀打ちできないから、ということのようです。選挙期間中に報酬を払える人は、法律で制限されていて、運動員に対しては払えません。選挙運動は、ウグイスさんをのぞいては全員ボランティアでやるのが原則です。ポスター貼りや運転・運搬などの労務者には給料を払うことができますが、選挙運動はできないので、たとえばポスターを貼りに行っても、そこで有権者に声をかけてはならないので、その場で有権者に聞かれても無視して黙々と貼って、そそくさと退散しなければならないとか・・・いろいろ制約が厳しいのです。

日常的に私の秘書として雇用している者は例外となりますが、うちはそんなに秘書もたくさん雇えていないので、少人数で効率よく準備を進めてゆかなければなりません。

公職選挙法に対応するという点で、時間的に厳しいものもあります。それは、いま貼りだしている政党ポスターです。私の選挙区内の自民党掲示板に、大きな政党ポスターが貼ってあります。選挙の日時が決まったことで、突然現在は選挙の日から6カ月以内ということになりましたので、いま貼りだしているポスターを撤去するか、安倍総理のデカポスターなど、党首のポスターで上貼りしなければならないのです。徐々に6か月前を迎える参議院選挙や統一地方選挙なら対応は可能なのですが、衆議院選挙は突然6か月以内がやってくるので、大慌てでポスター対策をしなければなりません。現在、上貼りするための安倍総理のポスターを待っていますが、どうやら間に合わなさそうなので、できる範囲で撤去の依頼をかけています。しかし残念ながら手が足りないので、結果として少し残ってしまいそうです。選挙期間に入ると、こんどは「証紙」をはって掲示する私のデカポスターが出てきますので、もう説明するのもごちゃごちゃになってしまうのですが・・・なんとか古いものは撤去を進めなければなりませんので、支援者にしっかりと説明して、お願いして、やってゆきたいと思います。

この3連休で、なんとか8割がた準備を終わらせて、最後の週に仕上げをして、選挙戦に臨もうかと思っています。

今回の選挙は、新聞やテレビなどで各党の幹部の議論を聞いていると、やはり経済が主テーマなのだと思いますが、私としてはほかの議題についても、丁寧に説明し、有権者に判断していただくつもりでおります。それについては、次回以降のブログで書いてゆきたいと思います。

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2014年11月21日 (金)

衆議院解散

今日、衆議院が解散されました。

2年前の選挙で、地元の多くの有権者から国政を信託され、それからは全力疾走の2年間でした。

振り返ると、関係者のご支援のおかげで、また大津市議会、高島市議会、滋賀県議会としっかり連携できたおかげで、いくつもの仕事を形にすることができました。

大津のいわゆるいじめ自殺事件を受けて、いじめ防止法を制定しました。私もメンバーの一人として立案に参加し、大津市議会から情報提供やアドバイスを受けて、地元の声を活かした形で、いじめを防ぐための行政側の仕組みを定めた新しい法律をつくることができました。

高島市の悲願は、国道161号線を開通させることでした。政権を取ってすぐの補正予算から積極的に活動を展開し、浜大津市街地部分や小松拡幅、安曇川高架、マキノ交差点などを予算化してまいりました。民主党時代に止められてしまった公共事業を復活させることには批判もありましたが、この161号線は、命の道路であり、産業の道路であり、地域振興の道路であって、費用以上の効果があると確信していましたので、遠慮なく進めてきました。

また、この2年間は、大雨災害の多い2年間でもありました。大津や高島で多くの河川が氾濫し、その復旧には国が全面的に支援をしてきました。特に大きかったのが高島市の鴨川の被害でしたが、復旧はもとより、老朽化していた万年橋の架け替えまで予算化することができ、地元からはすごく喜んでいただきました。

ほかにも、大津市の消防艇の更新や、琵琶湖の藻を除去するための追加予算、滋賀労働局の新設など、地域の声を聞き、それを形にすることができたと思っています。

そうした中、安倍総理は衆議院の解散を決断されました。

野党やマスコミからは、大義がないとか、時期がおかしいとか、費用がムダだとか、多くの批判をいただいています。

しかし私は、客観的に見て、良い時期の選挙だと思います。理由は二つです。一つは、経済の状況です。これまで自民党・公明党連立政権として進めてきた経済政策ですが、今年の3月までは予想を超えて成長してきましたが、4月に消費税を上げたことで、4月~6月、7月~9月がともにマイナス成長となりました。つまり、経済成長の状況が踊り場に入ったということです。絶好調の時に選挙をやるのなら批判されても仕方ないかもしれませんが、課題も見えた今ですから、しっかりと国民に説明し、その審判を仰ぐことで政治が体力をつけ、もう一度経済成長に向けてアクセルを踏み込んでいく、というのは、民主主義の点からもかなり意味のある選挙だと思います。

二点目は、時期です。このタイミングというのは、前回の民主党の解散もそうでしたが、選挙で聞いた民意を、来年の予算編成にも、税制にも反映できる、絶好のタイミングです。私たちが政権を回復した時は、思い切って大型補正予算を組んだことで、公約の反映も民意の反映も、さらにスピード感を持って実現できたのです。時期の点でも、来年度予算や税制の直前ですから、選挙に伴うロスを最小にできるちょうど良いタイミングだと思っています。

国会を去るときに、自民党・地方創成本部長の河村建夫議員からお誘いをいただき、トイレ掃除をしてきました。2年間お世話になったトイレを素手で掃除をするのですが、これがやり始めると、結構真剣になります。1時間みっちり磨きましたので、文字どおりぴかぴかになりました。素手で確認しながら磨くので、水垢などが沈殿して段差になっていることに気付きました。

立つ鳥あとを濁さず、と言って掃除をしたものの、もう一度戻ってきたいと思っています。

12月14日まで、本当の電撃戦です。短期決戦の場合は、日常の活動をどれだけやってきたかが問われます。この2年間の私の通信簿を、選挙区の皆様につけていただくんだという思いで、えりを正して、選挙戦に臨みたいと思います。

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2014年07月14日 (月)

三日月知事誕生へ

滋賀県知事選挙の投開票が行われ、私たちが応援した「こやり隆史」さんは惜しくも落選し、三日月さんが知事に就任することになりました。

衆議院選挙区ごと、市町村ごとの結果は、以下のファイルのとおりです。

H26滋賀県知事選挙(7月13日確定)

なんとか1区では10ポイントほど勝利することができましたが、他の選挙区では負けてしまいました。6月までは有利に戦っていたのですが、終盤に県全体として大きく押し戻され、それが私たちの敗因となりました。これは、1区で復活当選された民主党の川端議員の力が大きかったと思います。川端さんは、ご存じのとおり労働組合の中では最も力のあるリーダーで、その存在は1区というよりも県全体の労働組合の運動に大きく影響を与えます。日本全国の労働組合からの支援を引き出せるのも、滋賀県内では川端さんだけです。そういう点で、川端さんが復活当選したことも、選挙戦全体の流れに大きな影響がありました。

そうしたこともあって、結果として、選挙戦終盤には、自民党と民主党の総力戦となってしまいました。本来は県知事選挙ですから、県政に関する争点を掲げて、それをそれぞれの政党が分析し、政策提言し、県内の衆参国会議員、県会議員、市会議員を中心に選挙を組み立てるべきところなのですが・・・残念ながら、「原発再稼働の是非」や「集団的自衛権」など、国政レベルの争点を持ち出され、その土俵に乗せられてしまいました。

私たちは必死に県政の課題に戻そうとしたのですが、力が及ばず、相手の土俵で相撲を取ってしまったのです。結果として、原発や集団的自衛権などが否定されたかのような形になってしまったのと同時に、県政に関するさまざまな課題について、何らかの県民意思が示されたかというと、良くわからない結果となってしまいました。たとえば、低下している小中学生の学力の問題をどうするか、伸び悩んでいる県内経済をどうするか、道路や川の整備をどうするかは、結局県民の判断がなされたかというと、良くわかりません。これは、私たちの反省点として、すごく重要なポイントだと思っています。

ほかにも、選挙のツールであるポスターやチラシ、パンフレットが良かったのかどうか、他県の国会議員の応援を活かせたのかどうか、こやりさん本人の思いを多くの県民に伝えられたのかどうか、いろんな点で反省すべき部分があり、これからの県全体あるいは地域ことの反省会に生かしてゆきたいと思っています。

あわせて、これから私たち国会議員が、三日月知事とどう向き合ってゆくのか、という点も重要です。

私は、この夜のテレビ放送を見ていて、三日月さんが、「私たちは、党派を超えて、滋賀県のために戦ったんですよね」という趣旨の発言をされたことに注目しています。これは、今回の選挙戦の意味を、自民党対民主党とか、国政の与党にノーと言える県知事とか、そういう党利党略のものとしてとらえないという、三日月さんのメッセージだと思っています。しかも、それを県民の支持を得た勝利者が出しておられるわけですから、私たちもそのメッセージを重く受け止めなければならないと思っています。

正直に申し上げて、嘉田さんが知事の時代には、私たち自民党の国会議員は十分な対話ができていませんでした。時には失礼な発言もしてしまいました。これは、誰が言ったとかではなく、私たち滋賀県の自民党が全体として反省しなければならない点だと思います。これからは、私は三日月さんのメッセージ、つまり県民を代表してのメッセージを重く受け止めて、県のトップと国政との対話を重視し、合意点を探ってゆく努力をしてゆきます。これは、私の反省であり、約束です。

私たちは、本来であれば勝てる選挙を落としてしまいました。一方で、三日月さんは、普通に考えれば勝てない選挙に果敢に挑戦し、県民の支持を得て、見事に勝利されました。

しかしもともと、こやりさんも、三日月さんも、県民のため、滋賀県のために立候補し、選挙戦を戦ったのです。県民の判断が下された以上、私たちもラグビーで言う「ノーサイド」の精神に立ち、県民のため、滋賀県のために、立場は違えど努力をしてゆきたいと思います。同時に、負けたとはいえ、こやりさんの純粋な、熱い思いもぜひ評価していただき、こやりさんの再スタートについて、三日月知事からもエールを送っていただきたいと思います。

「政治への信頼を取り戻す」 これは、私が初めて立候補した時から心にとどめている、私の挑戦の原点です。そのためには、素直な気持ちで、三日月さんの当選を祝福し、見事な戦いぶりに敬意を表し、県民のため、滋賀県のためには助力を惜しまず、県民の皆さんから信頼されるような行動を心がけたいと思います。政治家が、私利私欲や党利党略、私的な恨みつらみや私的な貸し借りで行動することこそ、政治不信の最大の原因だと思っています。品格のある政治を目指して、私自身の行動をこれから厳に戒めたいと思います。

三日月さん、本当におめでとうございました。お見事でした。参りました。県民のため、滋賀県のために粉骨砕身活動されることを、期待しています。県民のため、滋賀県のために、共に努力を重ねましょう!

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2014年07月09日 (水)

滋賀県知事選挙 あと3日

いよいよ、選挙もあと3日となりました。

これまでの情勢は、各種の調査によりますと、私たちが支援する「こやり隆史」さんと三日月さんが、文字通り「横一線」で競っているようです。どっちが勝ってもおかしくない、まさに「大相撲」となりました。しかし残念ながら、選挙には相撲のような水入りはなく、また他のスポーツのようなサドンデスのプレーオフもありません。7月13日には、県民の皆様の一票一票の判断で、滋賀県の4年間の進む道を決めていただきます。

このような大勝負になったのは、これは、両方の陣営が全力で運動を続けてきた結果だと思います。選挙は、告示になる前の「後援会活動」の部分と、告示になってからの「選挙運動」で構成されています。「選挙だから、告示になってからだけ活動すればいいんだろ?」とか、「そうするべきだ」という人も多くいらっしゃいます。私もそう思うのですが、実際にはそんなやり方では、ほぼ間違いなく勝てません。だからみんな、事前の活動を「候補予定者」という、「予定の予定」といっているようなわかりにくい肩書きで、しっかりとやるのです。

ここで、告示前の「後援会活動」と告示後の「選挙運動」の違いのひとつは、表現と量です。「後援会活動」は、表現について制限を受ける反面、運動量については自由度が高い。「選挙運動」になると、表現が自由になる反面、運動量については大きく制限を受ける、という特徴があります。たとえば、拡声器の使用は、後援会活動中は、滋賀県中で100機使おうが、1000機使おうが自由です。しかも、朝の6時から使おうが、夜の10時まで使おうが、生活環境条例などに触れない限り自由です。(たとえば、条例の対象外地域、つまり田んぼの真ん中などでは、徹夜で拡声器で演説してもかまいません。まあ、やる人はいませんが。) しかし、選挙に入ると、拡声器は各陣営が制限を受け(事実上2機のみ)、時間も朝の8時から夜の8時までとなります。

これは、選挙において、お金をたくさんかけられて、人をたくさん動員できる陣営と、そうではない陣営の差をなくすための仕組みであり、つまり選挙にあまりお金をかけさせないための仕組みでもあります。逆に言うと、そのために、選挙戦に入ってからは、各陣営とも運動量に差が出にくくなるということです。それぞれの陣営が、できる範囲のことを、やり抜いてきているので、「がっぷり四つの大相撲」になったのだと思います。

一方で、一部にはこやり隆史さんを誹謗中傷する怪文書やガセネタの記事(そういう系統のメディアですが)も出ているようです。幸いにして、私の選挙区である大津市や高島市は、怪文書など下劣系の活動をする人がいなくて、どこか「正々堂々とやりましょう」的な雰囲気なのですが、県内の一部にはそういうのが出回る地域もあるようで、困ったものです。まあ普通、この手の怪文書の内容を見れば、いったい誰が、誰をおとしめるために出してるのかは、わかりますよね。投票権があるのは子供ではなくて、大人なのですから、分別のある大人の支持を得たいのなら、出したほうが下劣と見られるだけなので、「骨折り損の、くたびれ儲け」なのに気づくと思うんですが。

まあこうした、よい盛り上がり、悪い盛り上がりを含めて、投票日に向けて活動のラストを迎えます。17日間の選挙日程で、滋賀県の4つの選挙区を回りますから、4日に一回しか私の選挙区には本人や選挙カーはやってきません。あと3日のうちで、「こやり隆史」本人が1区に入るのは、明日10日の午前中と、最終日である土曜日の夕方だけです。ほかの時間は、2区、3区、4区を回っています。

そして、最後のマイクを使っての演説会は、「大津京」駅前の予定です。夜7時から、マイクをとめなければならない8時まで、「こやり隆史」さんの渾身の演説と、17日間、そしてそれまでの活動を支えてくださった方々へのお礼、選挙戦にご理解いただいた県民へのお礼と、投票に行くことへのお願いがあると思います。

あと残り3日間。私たち「こやり隆史」陣営は、やはり最初からの姿勢どおり、「こやりさんの政策を訴えて、こやりさんの人柄を訴えて、県民一人ひとりの支持を得る」という方針を貫いて、やり抜こうと思います。

4年間という長い間の、滋賀県の政策責任者は、どちらがふさわしいのか。滋賀県の方針を決め、県庁内をまとめ、国や市町村と協議し、協調関係を整え、民間との信頼関係を構築し、滋賀県を前進・成長させてゆくことができるのは、誰なのか。決めるのは、県民の皆さん、ひとりひとりです。民主主義の力は、皆さん一人ひとりが平等に持っている「一票」の力です。

私たちは、あと3日間、一人でも多くの県民の皆様に呼びかけたいと思います。どうかその力を、「こやり隆史」さんに与えていただきたい。そして、皆さんとともに、新しい滋賀県の扉を開きたい。皆さんの支援を信じて、こやり隆史さんは今日もがんばっています。皆さんも、こやり隆史さんを信じていただき、県政を託していただきたい。

皆さんの清き一票を、滋賀県を立て直す力に変えて、「こやり隆史」さんに投じていただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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2014年06月30日 (月)

滋賀県知事選挙

滋賀県知事選挙が始まりました。

今日は、最初の土日を終えたところです。ご存じのとおり、私たち自民党は、公明党、維新の会(県)、みんなの党(県)の皆様とともに、「こやり隆史」さんを支援しています。また、民主党の衆議院議員であった三日月さんが、議員を辞職して知事選挙に出馬されました。こちらは、現職の県知事である嘉田さんや、労働組合の連合が支援しています。あえて、民主党の推薦は取らない方針のようです。共産党が応援する坪田さんも出馬されていますが、数字の上では「こやり」さんと三日月さんの一騎打ちとなっています。

報道の上では、「嘉田知事が引退した後の、県政の方向性が争点。嘉田路線を踏襲する三日月氏と、自民・公明を中心に経済や教育に力を入れる小鑓氏の戦い。」ということになっているようですが、もともとは嘉田さんが三選出馬をすることを前提に、私たちは対抗馬を擁立する方針を立てており、その中で小鑓さんを最もふさわしい人として選任しました。

振り返ると8年前、自民党と民主党が相乗りしていた現職の国松知事に対し、突如出馬してそのまま勝利したのが嘉田知事でした。当時の自民党や民主党はまったく油断していたようで、そこに奇襲をかけ、「新幹線の新駅は要らない、ダムはいらない、もったいない」と主張して、見事に勝利をされたのでした。当時はマスコミもまんまと奇襲され、多くの報道が「争点は新幹線新駅の建設と、ダムの建設の是非」とする様相で、まさに嘉田さんの作った土俵にみんなが乗って、みんなやられてしまったわけです。

お金もないし、組織もない、まったく選挙の素人が手作りで作った陣営で、争点を作り、世論を動かし、勝利に導いた手腕は、それはあざやかなものです。少数で大軍を破った織田信長のようにも見えますし、群衆を動かした奇兵隊の高杉晋作や、八路軍の毛沢東のような、すごい軍才を示されたのだと思います。私自身も、国会議員に立候補するまでは無所属を貫いており、選挙のたびに自民党や民主党の大軍を相手に戦って独自の立場をつくってきましたから、それを県全体のレベルで行うことの困難さは、本当によくわかります。私には、県議会の1選挙区レベル、ひとつの市のレベルでやるのがいっぱいいっぱいでしたので。その何倍もの規模の県全体のレベルで、自民党や民主党を相手に回して、独自の立場をつくったというのは、本当にすごいことです。

その後、4年たって改選になったときには、嘉田さんは民主党の支援を受けました。私たち自民党は、元衆議院議員の上野さんを候補者として擁立しますが、準備期間が短かったこともあり、当時の自民党に対する逆風もあり、残念ながら負けてしまいました。この時も抜群の強さを見せつけられましたが、私の目から見ると、一回目のようなあざやかさは無くなっていたのではないかと思います。自民党も民主党もまとめて相手に回して大立ち回りを演じた、一回目の力はどうなっていたのか・・・私は当時は静岡県にいたので、詳しい分析はできませんが。

それから、私たちの衆議院選挙の時、これも突如として、民主党を離れた小沢一郎さんと組んで新党を結成し、党首に就任されました。日本未来の党です。この行動力は、まさにデビュー戦を思わせる、電光石火のものでした。私はすでに自民党に入党し、滋賀1区の候補者として戦っていた時でしたので、嘉田さんの「未来の党」と、橋本さんの「維新の会」の動きに戦々恐々としていたのです。というのも、日本全国の1区に共通する特徴なのですが、有権者の反応速度が速く、経済政策や行政改革など民間的な視点の政策の支持が高いので、未来や維新への支持の広がりが結果に大きく影響を与えるからです。この点は、事実上、民主党政権3年間の信任が問われた他の選挙区とはちがう点です。

しかし残念ながら、この試みは失敗に終わりました。県内では一定の支持を得たものの、党としては9議席と、あまりふるわない結果となりました。小選挙区で当選したのは、小沢一郎さんと、亀井静香さんのみです。もちろん私が出た滋賀1区においても、未来が候補者を立てず、維新が準備期間の短さから伸び悩んだため、かろうじて、私も自民党の議席を確保することができたのです。

その後、嘉田さんは知事に専念すると発表され、今年行われた「自身のマニフェストの自己評価」でも、「88点」「まだまだの項目もあるので、努力を続ける」とおっしゃっていたことから、当初は3選を目指しておられたのだと想像します。当時は自民党も方針を決め切れておらず、「嘉田さんと政策協定を結んで推薦すべき」という意見もあれば、「民主党と組んで、嘉田さんの対抗馬を出すべき」という意見もありました。私は、過去の嘉田さんの選挙を肌で体験しておらず、本当の強さを知らないこともあり、「昨年来、滋賀県の子供の学力が低いことが明らかになった。河川整備の遅れによって水害が拡大した。経済の回復において、滋賀県は近畿で一番遅れている。教育、防災、経済と重要な部分に課題があって、自民党は解決の方策を持っている以上、独自候補を擁立すべきです。」と主張していました。

それから、党内でいろんな議論をし、結果として、「自民党で候補を立て、まず公明党に声をかける。そして国政における野党にも協力を求める。」という方針が決定しました。この方針に従って、候補者探しを始め、そのなかで「こやり隆史」さんという素晴らしい人物に出会えたわけです。こやりさんの「人柄」と「政策力」を高く評価して、自民党が擁立し、まず公明党から推薦をいただきました。その後、人物を良く査定していただいて、維新の会、みんなの党からも推薦をいただくにいたりました。

一方で、嘉田さん側や民主党側の動きは、私は詳細に知りません。報道によると、三日月さんが出馬の意欲を示し、人を介して嘉田さんと三日月さんが協議し、嘉田さんが引退してその後継者として三日月さんが立候補することになったようです。当初は野党に共闘を呼びかけられましたが、維新とみんなが「こやり」さんを推薦したことで、民主党からも推薦をもらわないようになったようです。ただし、労働組合の連合からは推薦を取り付けられたようです。

こうした流れで、今回の県知事選挙は始まりました。私たちは、嘉田さんにマイナスの評価をしているわけではありません。8年間の間に、環境や女性の活用などでは一定の成果を出されたものだと思います。また、嘉田さん以前の県政に対して、新しい風を吹き込まれたのも事実でしょう。自民党から見ても、嘉田さんのおかげで自民党の欠点も弱さも見えましたし、反省の材料になりました。マスコミ関係者からは、「悪そうに見える自民党議員が嘉田さんを罵れば罵るほど、嘉田さんの支持率が上がる」と言われ、つらい思いをしましたし、(「誰の事かな?」とも思いましたし・・・)自民党を改革する決意にもなりました。私たち自民党はいま、国の自民党も地方の自民党も、これまでの良くない点を反省し、総裁の決意のもと「皆さまとつくる新しい自民党」として再スタートしていますが、その材料を頂けたのは事実だと思います。

いよいよあと2週間の選挙戦となりました。私たちが応援している「こやり隆史」さんは、「教育」「経済」「道路や川の整備」を重点的な政策分野として、連日県内各地で活動をしています。一部では、「派手さがなく地味だ」「演説にパフォーマンスがない」などという意見もいただいています。

しかしそのたびに、私は申し上げています。「実は、県知事候補を選ぶときに、いろんな議論をしました。選挙に勝てる人がいいとか、若い女性がいいとか、話のうまいアナウンサーがいいとか、派手さがある人がいいとか。でも、議論したら、全部却下されたんです。それは、本当に県民はそういう知事を求めているのか?という疑問に答えられなかったからです。県民がどういう知事を求めてるのか、という問いに、まっすぐに応えられる候補者にしようということになりました。県民は派手な知事を求めているのか。パフォーマンスのうまい、泣ける話や面白い話ができる知事を求めてるのか。感情交じりの話でつかみのうまい知事を求めているのか。違うでしょう。そんなものなくても、まっすぐで、人の痛みのわかる、まじめに、わき目も振らず、知事の職をまっとうしてくれる人がいいでしょう。口だけじゃなくて、実際に政策を前に進めてくれる実務家のほうがいいでしょう。こやりさんは、まさにそういう人です。県民一人一人に「どういう知事を求めているのですか?」と聞いてみてください。その答えにぴったりくるのは、今回の候補者の中では、間違いなく、「こやり」さんのはずです。」と。

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県知事選挙の投票日は、7月13日です。結果として嘉田さんは引退され、嘉田さんのあとの知事はだれがふさわしいのか、皆さまに選んでいただきます。さきほどの例で話せば、ノブナガの後をまたノブナガである必要はありません。毛沢東の後にまた毛沢東では、滋賀県の新しい可能性への発展はありません。そういう意味で、ノブナガのあとに、秀吉、家康が続いたように、嘉田さんの後は実務家の知事、まじめにコツコツ仕事をする知事、ブレずに職をまっとうする知事がその仕事を担い、滋賀県を整えるべきです。

7月13日の投票日まで、毎日が投票日です。期日前投票はすでに県内各地で行われています。詳しくは、各市のホームページで確認してください。どうか、皆さまの一票は、「こやり隆史」さんに賜りたいと思います。「こやり隆史」さんとともに、皆さまの力で、新しい滋賀県の扉を開きましょう。豊かな経済があって、働く場所がたくさんある。子どもの学習環境が良く、子どものいろんな能力を引き出せる。安全な道路、渋滞の少ない道路があり、災害にも強い地域。そんな滋賀県を、皆さまの手でつくってゆきましょう。そのために、皆さまの力を貸してください。どうかよろしくお願いいたします。

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